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藤右衛門川:谷田川支流    -妄想の暴走を生む開渠- 

暴走:1.常軌や規則を無視して乱暴に走ること。「オートバイを―させる」 2.運転者のいない車両が走りだすこと。また、走っている乗り物が制御できない状態になること。「無人電車が―する」「ハンドルが壊れて車が―する」 3.周囲の状況や他の人の思惑を考えずに勝手にどんどん事を進めること。 4.野球で、走者が無謀な走塁をすること。 5.コンピューターが異常な動作を始めて、制御できなくなること。・・・goo辞書より抜粋



もうだいぶ時間が経過しているためお忘れになっている方が大部分かもしれませんが、『谷田川(藤右衛門川)』をテーマに選ぶにあたって、調べてみても解決できない疑問があったため躊躇していたことはこのテーマの初回に記しました。『谷田川(藤右衛門川)』にはいくつかの流れが集まって最終的に『藤右衛門川』を形成するのですが、『駒場落』ってどの流れだったんだろう?という疑問です。

この疑問に対する解として、「道祖土(さいど)」からの流れを『駒場落』として書き進めてみた訳ですが、これが正解なのかどうか確信が持てていないため、もやもやしたあまり心地良くない感覚(愁訴っていうのでしょうか)が拭えません。しかし、これで世に発信してしまった手前、今さらグチグチ言っていても仕方のないことです。これはこれで押し通してしまいましょう。いずれまた何かわかることがありましたら、このブログにて訂正なり追加情報なりを出したいと思っております。

さて、ここまで来て言うのも本当に今さらな感がありますが、もうひとつ解決できていない疑問があります。この疑問については今回初めて公開するものです。
それは、「浦和駅」のすぐ南側に結構急峻な谷地形が形成されているのですが、この谷地形はどのようにして形成されたのだろうか?ということです。線路が高架になる以前から、「日の出通り」はガードを潜って駅の東口と西口の往来に利用されていた道路でした。

日の出通り(旧)

上掲の写真はかつての「日の出通り」です。道路が低いところを抜けていることがお分かりいただけるかと思います。下の写真は現在の「日の出通り」です。

PB09044日の出通りガード

この「日の出通り」の低さをもたらしたであろう流れが存在するのではないか?と考えているのですが、それらしい流れの存在が文献などで見つけることができませんでした。結局、こちらの疑問は『藤右衛門川』をテーマとする最終回になっても解決する目処が立ちません。
そこで、例によって半ば強引に解決の提案をしてしまおう、という企画のもとに今回の記事が存立している次第なのです。そろそろ『谷田川(藤右衛門川)』を卒業して次に移らせて下さい、という誰に許可を取るのか不明瞭な、主体性のなさがバレバレである今回の内容でございます。
ですが、もちろん何の根拠もなく、いきなり捏造した流れを持ち出して終止符を打とうなどという程不埒な訳ではありません。

PA28006前地開渠

浦和区前地三丁目には、上掲の開渠が存在します。この前地三丁目周辺には、おそらく用水路網が存在しており、かつては田園地帯だったのではないかと思われます。この用水路網は、『谷田川(藤右衛門川)』や『日の出川』とそれらの支流ではないかと思います。まあ、ここまでは結構確証の得られる想定です。
この前地三丁目の用水路網に注ぎ込む、西側からの流れが存在するのではないか?というのが、今回の妄想気味な提案です。

水源は「調神社(つきじんじゃ)」に存在したという「御手洗池(ひょうたん池とも、現在は消滅)」ではなかろうかと考えてみました。

PB09001調神社

この「調神社」は、第10代崇神天皇の時に関東一円の調物(つきもの:朝廷への貢物)を納める倉を建てたのですが、主要な街道が「東山道」から「東海道」に移ってしまい、運搬に利用された街道が浦和周辺から外れた結果、その役目を終えることとなり、倉の跡地に神社を設けたというものであろうと考えられています。役割を終えた御倉が神聖視され、神社として奉斎されるようになったものだと思われます。

倉としての機能の名残からなのか、「調神社」の中山道側には鳥居がありません。調物の運搬の妨げとなる鳥居を取り払ったことによると伝えられており、この伝承も「調神社」の前身が御倉であったことを表すものとされています。

PB09003調神社

「調神社」の別称は「調宮(つきのみや)」です。社名の「ツキ」により月待信仰が古くからあり、狛犬ではなく狛兎がある神社として知られています。実際のところ、狛兎だけでなく、手水舎や神池、旧社殿である稲荷神社などいたるところに兎の存在が確認できます。

PB09006調神社狛兎

PB09007調神社手水舎

151109_142452調神社神池

「調神社」の七不思議として、兎を神使にしていることや鳥居がないことの他に、境内には松の木がないとか水源に挙げた『御手洗池(ひょうたん池)』に魚を放つと片目になる、などという言い伝えもあります。
当地に姉神(天照大御神:あまてらすおおみかみ)と弟神(素盞嗚尊:すさのおのみこと)がおはしましたが、そのうち弟神は大宮(氷川神社)にいってしまわれ、そのまま帰ってこなかったそうです。姉神が待っている間、境内の松の枝で目を突いたため、現在では松(=待つ)がなく、池に放たれた魚は片目になってしまうのだそうです。また、「もう待つ(松)のは嫌」という姉神の申し出から松の木がなくなったとも言われています。聞くところによると、正月の門松も松は使わず、竹でできているそうです。

延喜式にも記されている由緒正しい神社で、アニメ(「浦和の調ちゃん」)の舞台にもなった有名な神社を源流に、浦和駅の南側を流れる二筋の流れを考えてみました。
まずは、御手洗池が境内のどこにあったのか定かではありませんが、調神社より北側に流れは始まったものと思われます。

PB09013.jpg

完全に自画自賛ですが、なかなかに暗渠道っぽい良い雰囲気の道です。

PB09014.jpg

程なくして、流れは二筋に分岐します。

PB09016分岐点

南側の流れは、さいたま市立高砂小学校の南を抜けてJRのガードに至ります。

PB09023高砂小学校

PB09019南ルート

PB09021南ルート

いかにも暗渠です、という風な、無駄に幅の広い歩道だと思いませんか?
ガードを抜けると、ゆるやかに蛇行した小径が続きます。

PA18038南ルート

途中には小さな社(三本木稲荷神社)やお地蔵様が祀られています。

PA18040南ルート三本木稲荷神社

PA18039南ルート

この後、流れは『谷田川(藤右衛門川)』に向かって左に折れ、坂を下って行きます。

PB09038南ルート

浦和競馬場にほど近い一本橋跡付近で『谷田川(藤右衛門川)』と合流します。

PB09041南ルート合流部

ツツジの植栽から少しだけ頭を覗かせている一本橋跡碑がわかりますでしょうか?

この流れは『谷田川(藤右衛門川)』と合流する手前で、前地三丁目を埋める用水路網に分岐しています。
例えばこのマンホールの密集している部分とか、

PB09039南ルート

縁石のある歩道部分を通過する暗渠であるとかです。

PB09042前地用水路網

上掲の写真(縁石のある歩道)の撮影地点から約50m先の右手に、冒頭で紹介しました開渠が流れています。

本題の「浦和駅」の南側の谷を形成した流れも辿ってみましょう。
分岐後、北側を進む流れは、「日の出通り」にて右に折れて進んでいきます。

PB09017北ルート

PB09025北ルート

JRのガード付近は、写真ではわかりにくいかもしれませんが、結構な谷地形です。「日の出通り」の駅側は、下の写真のようにスリバチ状に谷地形をなしています。

PB09026北ルート

ガードを潜った流れは、「日の出通り」から外れて南側の小径に進みます。

PB09028北ルート

この小径もなかなかにいい感じの暗渠感を醸し出してくれています。

PB09029北ルート

かつての護岸と思われるコンクリート片が確認できますでしょうか?
流れは「日の出通り」の南側を並行して進みます。

PB09033北ルート

この並行する流れに、南側の高台から支流が合流してきます。

PB09036北ルート支流

この支流は坂を下って「調神社」からの流れと合流し、そのまま「日の出通り」を越えて『日の出川』に合流します。

PB09035北ルート支流

合流地点は、『日の出川』がクランク状に曲がる地点で、下の写真奥側から流れは進んできます。

PA09038日の出川

妄想全開というか暴走気味な程に見るものすべて暗渠道にしてしまった感がある『谷田川(藤右衛門川)』とその支流群ですが、このように複雑な流れが集散し、かつ、急激な都市化によって農地が宅地化されたために、流路沿いには相当な暗渠網が存在しているのではないかと考えています。
現状でも、湧水が明確に目視可能な道祖土地区の他にも、複数個所で湧水が確認できましたし、暗渠内においても湧水箇所が存在しているのではないかと想像できます。良し悪しはともかくとして、かつて浸水などの水害を起こした流れは、今日でも現役であって、その姿かたちを地中にひそめているだけなのではないでしょうか。
そのため、江戸時代より平成の現在まで、統制に向けて治水工事が継続されているのだと考えると、自然に対する畏怖を感じる一方で、人の営みの壮大さも知ることができて大変有意義です。

 ※藤右衛門川他地図・・・クリックしてご覧下さい。

注)拙ブログにて紹介しております流路地図は、拙ブログに記載している内容をご理解いただくための補助資料として用意しております。第三者に提供したり、共有したりすることを想定して制作しておりません。私的な探究心の備忘録としてご覧願えれば幸いです。また、地図を操作して名称などを表示することは結構なのですが、表示をそのままにされては困ります。見終わりましたらお手数ですが、必ず元あった通りの原状に復して下さいますよう、お願い申し上げます

本文中にてご紹介する人物(キャラ等も含む)は、原則として、敬称を略すことで統一しております。しかし、ちゃらんぽらんな性格故、この原則は必然的になし崩しとなる可能性が高いものとご認識下さい。
敬称を略すことに深い理由はありません。略さないのであれば、できる限り公平性を保ちたいので、全員に何らかの敬称を考えねばならないことが負担になりそうな気がしただけです。基本、めんどくさがりなのです。
あしからずお許し願います。
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Posted on 2015/11/11 Wed. 00:00 [edit]

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コメント

ご承諾いただいたリンクの件、こんな記事になりましたのでご報告いたします。
ほんとうにどうもありがとうございました‼

lotus62 #tHgS6spw | URL | 2015/12/25 21:31 * edit *

Re: タイトルなし

lotus62様

完成しましたか。お疲れさまでございました。
UPされるのが楽しみです。

わんじん #- | URL | 2015/12/26 08:27 * edit *

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