芝川    -霊感スポットから始まる流れ?!- 

霊感:1.神仏が示す霊妙な感応。また、神仏が乗り移ったようになる人間の超自然的な感覚。霊的なものを感じとる心の働き。「失 (う) せ物を霊感で当てる」「霊感が現れる」「霊感商法」 2.突然ひらめく、すばらしい着想・考え。インスピレーション。「霊感が働く」・・・goo辞書より抜粋




【埼玉県内に存在する、(まあまあ)著名な河川の源流部を探ろう!】というシリーズを立ち上げました。見沼の排水路である『芝川』の源流部を辿っております。
ここ数回、『坊の下堀』の源流部、正式には『芝川都市下水路』に注ぐ支流を辿っています。今回も、上流部右岸に注ぐ支流群を紹介致しましょう。

今回は、上尾シラコバト住宅内で合流する流れを追ってまいります。今回は従来と趣向を変えて、合流地点から源流部を追ってみましょう。

『坊の下堀』との合流地点は、上尾シラコバト住宅の5号棟付近です。

P618040.jpg

このシリーズに共通する『坊の下堀』と並行する流れは、貴重な開渠なのですが、雑草の繁茂とゴミの不法投棄具合からみて、全く機能していないのではないかと思われます。

P618035.jpg

P618048.jpg

『坊の下堀』と並行する開渠の先は某自動車ディーラーですが、流れの上にエントランス部分が設けられていて、水の流れを感じさせないものになっています。

P618047.jpg

楽屋裏から眺めると下の写真のようになります。この絵姿であれば水の流れるスペースであることがご理解いただけるものと思われます。

P618037.jpg

某自動車ディーラーの敷地の先は国道17号線です。国道を渡った先も別の自動車ディーラーの敷地の脇を通過しています。

P618046.jpg

国道を渡ると蓋暗渠となって住宅地を通過していきます。この『芝川』源流部を辿り始めた頃は春先で、桜や菜の花といった花が見ごろだったのに、紫陽花が咲く季節に移り変わっていることに軽い驚きを感じます。もっと簡単に終わらすつもりだったのですが....。

IMG_20170618_153646.jpg

やがて蓋暗渠が終り、流れを見失ったかに思われたのですが、延長上の道路に暗渠を発見しましたので、どうも民家の敷地内を通過している模様です。
暗渠は道路となっており、メッシュ状のグレーチングがあります。

IMG_20170618_154313.jpg

正面の民家の敷地を通過しているのでしょう。

IMG_20170618_154255.jpg

道路下の暗渠を辿って西に進むと墓地の先で曲がります。

IMG_20170618_154602.jpg

この暗渠が桶川市と上尾市の市境です。市境に沿って進んだ先は、諏訪雷電神社です。

IMG_20170618_154836.jpg

IMG_20170618_155031.jpg

この神社はJR高崎線の線路脇に鎮座しており、流れが線路を跨ぐ痕跡が見つけられませんでしたので、この辺りから流れは始まっているものと思われます。

この神社の境内や隣接する踏切は、心霊スポットとしてネット上に流布されているようなのですが、まったく霊感のない自分にはおどろおどろしさを感じることができませんでした。
まだまだだね、自分。

 ※芝川源流部地図・・・クリックしてご覧下さい。

注)拙ブログにて紹介しております流路地図は、拙ブログに記載している内容をご理解いただくための補助資料として用意しております。第三者に提供したり、共有したりすることを想定して制作しておりません。私的な探究心の備忘録としてご覧願えれば幸いです。

本文中にてご紹介する人物(キャラ等も含む)は、原則として、敬称を略すことで統一しております。しかし、ちゃらんぽらんな性格故、この原則は必然的になし崩しとなる可能性が高いものとご認識下さい。
スポンサーサイト

Posted on 2017/06/28 Wed. 00:00 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

芝川    -建築業に携わる事業主を対象とした会員制の総合建材部店を流れる支流- 

建築:家屋などの建物を、土台からつくり上げること。また、その建物やその技術・技法。「注文建築」「木造建築」「耐震建築」・・・goo辞書より抜粋




【埼玉県内に存在する、(まあまあ)著名な河川の源流部を探ろう!】というシリーズを立ち上げました。見沼の排水路である『芝川』の源流部を辿っております。
ここ数回、『坊の下堀』の源流部、正式には『芝川都市下水路』に注ぐ支流を辿っています。今回も、上流部右岸に注ぐ支流群を紹介致しましょう。

今回は、前回紹介しました「桶川市ポンプ場」に直交する流れのすぐ南側を並行する流れを追ってまいります。
始まりはどこにでもありそうな住宅地で、桶川市と上尾市の境に位置しています。

P618001.jpg

舗装されていない路地といった面持ちです。

P618002.jpg

旧中山道に出たところで左折、右折とクランク状に進みます。

P618006.jpg

P618008.jpg

旧中山道を渡ると蓋暗渠に変貌します。

P618009.jpg

P618011.jpg

国道17号線を越えます。越えた先から開渠になります。

P618014.jpg

渡った先にはホームセンターがあり、その駐車場への誘導路に橋が架かっています。開渠上に橋は架かっていますので、橋の下には水面が見えます。

P618013.jpg

ホームセンターの建物を二分するように開渠は進んでいきます。

P618015.jpg

このシリーズに共通の、『坊の下堀』に並行する流れを越えていきます。

P618018.jpg

手前から奥に向かう流れが『坊の下堀』に並行する流れで、右から左に進むのが今回紹介している支流です。
この交差より先は蓋暗渠となり、

P618019.jpg

暗渠となった『坊の下堀』に向かいます。ちょうどこの支流が合流するほんのちょっと上流になる「つつみ橋」で『坊の下堀』は開渠から暗渠に変わります。

P618023.jpg

ちょうど県営上尾シラコバト住宅の敷地に差し掛かった地点です。
団地内は暗渠として『坊の下堀』は流れていきます。

P618021.jpg

P618026.jpg

この『坊の下堀』の暗渠部になって70m程度進んだあたりで合流します。

P618027.jpg

P618025.jpg

ちょうど22号棟のところですね。

先ほどは“ホームセンター”と表現しましたが、この流れが通過しているのは、「建デポ」という会員制ホームセンターです。ホームセンターも飽和状態にあるのか、建築業に携わる法人や個人事業主を対象とした会員制の総合建材部店という業態を立ち上げています。いわゆる“プロの店”というやつですね。一般消費者は会員になれないため、文字通り“プロショップ”と言っても過言でないお店です。正直、とても入ってみたいです。

 ※芝川源流部地図・・・クリックしてご覧下さい。

注)拙ブログにて紹介しております流路地図は、拙ブログに記載している内容をご理解いただくための補助資料として用意しております。第三者に提供したり、共有したりすることを想定して制作しておりません。私的な探究心の備忘録としてご覧願えれば幸いです。

本文中にてご紹介する人物(キャラ等も含む)は、原則として、敬称を略すことで統一しております。しかし、ちゃらんぽらんな性格故、この原則は必然的になし崩しとなる可能性が高いものとご認識下さい。

Posted on 2017/06/21 Wed. 00:00 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

芝川    -地球を測る基準点が存在する暗渠地- 

地球:太陽系の3番目の惑星で、人類をはじめ各種生物が住む天体。太陽からの平均距離は約1.5億キロで、自転周期は23時56分4秒、公転周期は365.2564日。形はほぼ回転楕円体で、赤道半径6378キロ、極半径6357キロ。地殻・マントル・核からなり、平均密度は1立方センチ当たり5.52グラム。年齢は約46億年。表面は窒素と酸素とを主成分とする大気に囲まれ、水がある。衛星を1個もち、月と呼ぶ。総人口約70億人(2012)。・・・goo辞書より抜粋




【埼玉県内に存在する、(まあまあ)著名な河川の源流部を探ろう!】というシリーズを立ち上げました。見沼の排水路である『芝川』の源流部を辿っております。
ここ数回、『坊の下堀』の源流部、正式には『芝川都市下水路』に注ぐ支流を辿っています。今回も、上流部右岸に注ぐ支流群を紹介致しましょう。

今回のシリーズが、『坊の下堀』に注ぐ支流を紹介する最後のものとなるのですが、その初回である前回は、余りにも内容に手抜きが露見するものであったようで、周囲の評価は散々なものでした。
今さら言い訳も見苦しく思いますので、前回分の手抜きを穴埋めすべく、今回はきちんとした紹介を心掛けるように致します。

さて、今回紹介する流れは、「上尾シラコバト住宅」に沿って『坊の下堀』と並行する流れに注ぐものの中で最も長い暗渠です。
始まりは、JR高崎線の線路にほど近いここからです。二重の車留めが、より強力に、暗渠であることを主張してくれています。

P505025.jpg

北東に蓋暗渠は進んでいきます。

P505027.jpg

やがて始まりの地点と同様に、二重の車留めが現れたところで蓋暗渠は終了し、公道の舗装の下に身を隠します。

P505028.jpg

ですが、舗装の色が違うので、流れる位置は実に明白です。

P505029.jpg

P505031.jpg

クランク状に進む流れは、「旧中山道(県道164号線)」を渡り、再び蓋暗渠へと変貌します。行く手を遮る二重の車留めの仕様が揃っていないところに違和感はあるものの、本題とは全く関係がないので、無視して先を急ぎます。

P505038.jpg

最近改築されたばかりのような、小奇麗で緩やかなカーブを持つ蓋暗渠を進みます。

P505040.jpg

P505041.jpg

次のブロックでは、行く手を遮る車留めも存在しなくなり、蓋暗渠も見た目が古いものに変わります。

P505042.jpg

北東に向かう直線的な流れとなり、

P505043.jpg

蓋暗渠の上に車留めの在庫を満載したかのような状況の先には、暗渠にありがちな緑のフェンスが存在しております。

P505045.jpg

この緑のフェンスから先は開渠に変貌します。

P505046.jpg

残念ながら水流は全く見られず。
この後、国道17号線を越えた先も引き続き開渠が続きます。

P505047.jpg

P505048.jpg

白いフェンスに挟まれた開渠には、どこからか集まってきた水があり、このシリーズに共通する、『坊の下堀』と並行する流れへと至ります。

P505050.jpg

上掲の写真では、まるで右に曲がる様相にしか見えませんが、左側と正面は暗渠となっている十字路だったりします。
左側の暗渠はこのような眺めです。この上流が、先週紹介した“自宅横の花壇”につながります。

P505052.jpg

右ははしご式の開渠のまま下流に進みます。

P505051.jpg

正面は、「桶川市芝川ポンプ場」です。地図に詳しい方ならばこの敷地内に四等三角点があることをご存知かもしれません。門が閉まっているため、内部の様子がわからないので、三角点が撮影できず残念です。

P505059.jpg

関東平野の中央部に位置し、高低差がほとんどない地区のため、このポンプ場で強制的に水を吸い上げ、『芝川都市下水路(坊の下堀)』へ、排出できるようにしています。ポンプ場から『坊の下堀』までのダミーの流路が下の写真に写る開渠です。写真の奥の方に写る緑のフェンス部分が『坊の下堀』となっています。

P505058.jpg

このポンプ場を経由した流れであるため、前回から紹介している今シリーズの流れを『桶川市芝川ポンプ場支流(仮)』と呼ぶことに致しました。

この「桶川市芝川ポンプ場」内にある“四等三角点”とは何なのか、説明を付しておきます。
まず、“三角点”ですが、これは“三角測量”に用いる基準点のことです。“三角測量”とは、《ある点と二つの基準点が為す三角形の辺と角度が測定されていれば、その点の座標および距離はその三角形の辺の長さを計算することで求めることができる》というユークリッド平面に於いて適用される算術数式を用いた測量技術です。詳細はこちら(・・・クリック!)をご確認願えれば幸いです。
巻尺しかなかった時代に、より広範囲で正確な位置情報を把握するために用いられた測量技術が“三角測量”で、それをブレずに計測できるように定点としたものが“三角点”です。

“三角測量”も明治期に最初から受け入れられた訳ではなく、三角関数の計算が面倒だったせいか、相似を利用した算術方式でお茶を濁したり、長さの単位がイギリス式のヤード・ポンド法からドイツ式のメートル法に途中で改められたりと、苦難の歴史を辿って今日があるのだとか....。

今日の正確な測量技術を支える礎となる“三角点”には、一等から五等までの基準点があり、一等から四等までは設置間隔によって定義されており、柱石の寸法も事細かに定義されています。ちなみに、四等三角点は設置間隔は2km、柱石は一辺12cmとされており、柱石破損に備えて柱石の直下には盤石も埋設されています。
地球を測る“三角測量”、というと大変壮大な感じがしますが、その壮大なプロジェクトの一環が水の流れに関連する施設にあるのも不思議な感じがします。

 ※芝川源流部地図・・・クリックしてご覧下さい。

注)拙ブログにて紹介しております流路地図は、拙ブログに記載している内容をご理解いただくための補助資料として用意しております。第三者に提供したり、共有したりすることを想定して制作しておりません。私的な探究心の備忘録としてご覧願えれば幸いです。

本文中にてご紹介する人物(キャラ等も含む)は、原則として、敬称を略すことで統一しております。しかし、ちゃらんぽらんな性格故、この原則は必然的になし崩しとなる可能性が高いものとご認識下さい。

Posted on 2017/06/14 Wed. 00:00 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

芝川    -人間らしい生活を営む上での住- 

生活:1.生きていること。生物がこの世に存在し活動していること。「昆虫の生活」「砂漠で生活する動物」 2.人が世の中で暮らしていくこと。暮らし。「堅実な生活」「日本で生活する外国人」「独身生活」 3.収入によって暮らしを立てること。生計。「生活が楽になる」・・・goo辞書より抜粋




【埼玉県内に存在する、(まあまあ)著名な河川の源流部を探ろう!】というシリーズを立ち上げました。見沼の排水路である『芝川』の源流部を辿っております。
ここ数回、『坊の下堀』の源流部、正式には『芝川都市下水路』に注ぐ支流を辿っています。今回以降も、上流部右岸に注ぐ支流群を紹介致します。

そういえばまだ『坊の下堀』と呼ばれる理由を説明していませんでした。“坊の下”の《坊》は、“お坊さん”の《坊》です。この場合は“寺院”という意味合いでしょうか。
上尾市に“西門前”という地区があります。もともとは“門前村”という郷でしたが、江戸時代初期に、現在のさいたま市(かつての大宮市)の風渡野村から分村した門前村と1879年(明治12年)に同じ北足立郡に組み入れられたため、上尾の方を“西門前”、大宮の方を“東門前”としたいきさつがあります。
大宮の門前村は「鷲明神社」の門前町ですが、上尾市の方は「少林寺」という臨済宗円覚寺派の寺院の門前町です。

少林寺山門

「少林寺」は、1288年(正応元年)の創建で、開基(寺院を創建した人)は鎌倉幕府8代執権北条時宗夫人の覚山尼、開山(初代住職となった僧侶)は、宋からの渡来僧である大休正念(鎌倉円覚寺の第二世住職)という、いわゆる由緒正しき名刹というものです。

創建当時、寺の敷地は現在よりもはるかに広く、『芝川都市下水路』の暗渠となっている県道87号上尾久喜線にかかる「坊ノ下橋」や国道17号久保交差点の南側は「五輪山」と呼ばれ、五輪塔があったそうです。
しかし残念なことに、1806年(文化3年)出火し、1753年(宝暦3年)に建立された山門と地蔵堂以外すべて灰となり、住職や召使が焼死、当時8歳の小坊主は火の中から飛び出し、唯一助かったそうです。また、この火事で徳川家康から家斉までの代々将軍から賜った朱印状のほとんどが箱とともに焼けてしまい、古刹としての記録、仏像や仏具類も焼失したのだそうです。

横道に逸れた話しが長くなってしまい、大変恐縮ですが、この少林寺の敷地内を流れていたために『坊の下堀』と呼ばれるようになったのでしょう。
ここでは、基本的に歴史ある名称である『坊の下堀』を用いており、説明の関係上必要な時に現代の呼称である『芝川都市下水路』を使用するようにしておりました。

話しを本題に戻しましょう。
『坊の下堀』は、県営上尾シラコバト住宅(通称シラコバト団地)から埼玉県住宅供給公社上尾東団地の間が暗渠区間です。この暗渠区間の右岸に、ほぼ並行するかのように用水路網が存在します。もう少し正確にいうならば、桶川市末広1丁目から先述の「五輪山」までの約1.5kmに『坊の下堀』と並行する流れを持つ用水路網が存在します。残念ながら、商業施設の建設や道路網の改正などのため、あと自分の探索能力の低さから流路のすべては解明できていませんが、上流側から順に紹介していきましょう。

最も上流側で判明している流れがこちらです。前回紹介した「末広橋」の袂で合流する暗渠から、70mくらい東南に移動したところに細い暗渠があります。

P505019.jpg

この流れには、途中で右折し、『坊の下堀』と並行して南東に進む流れが存在します。

P505057.jpg

自宅横にある花壇であるかのような状況になっており、右折する地点に近づいていけないのが残念です。
基本的には、この『坊の下堀』と並行する流れと交差する複数の流れによって用水路網が構成されています。この用水路網を複数回に分けて紹介したく思っております。

今回以降で紹介する用水路網や『坊の下堀』の暗渠が流れる県営上尾シラコバト住宅は、1967年に開催された埼玉国体の選手村として建てられ、現在は県が建物を買い取って特別県営住宅として使用されています。詳細はこちら(・・・クリック!)の下段の方を見ていただくとして、50年の歳月が経過した現在、施設の老朽化や劣化等から空室が目立つ状況だそうです。
そんな状況を利用して、ということだと思いますが、先の東日本大震災によって被害を被った福島県からの自主避難者への住宅支援として、県営上尾シラコバト住宅の斡旋を埼玉県は行っています。
時間の経過とともに災害という事実の風化が取りざたされていますが、被災された方々の平穏と安寧は、一日でも早く訪れてほしいものです。そのための住の提供は、人間らしい生活を営む上での一助となることを願っております。

 ※芝川源流部地図・・・クリックしてご覧下さい。

注)拙ブログにて紹介しております流路地図は、拙ブログに記載している内容をご理解いただくための補助資料として用意しております。第三者に提供したり、共有したりすることを想定して制作しておりません。私的な探究心の備忘録としてご覧願えれば幸いです。

本文中にてご紹介する人物(キャラ等も含む)は、原則として、敬称を略すことで統一しております。しかし、ちゃらんぽらんな性格故、この原則は必然的になし崩しとなる可能性が高いものとご認識下さい。

Posted on 2017/06/07 Wed. 00:00 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

芝川    -“トマソン”と呼んでいい物件の定義について考えてしまいました- 

物件:1.物品。品物。「証拠―」 2.契約などの対象としての動産および不動産。「優良―」・・・goo辞書より抜粋




【埼玉県内に存在する、(まあまあ)著名な河川の源流部を探ろう!】というシリーズを立ち上げました。見沼の排水路である『芝川』の源流部を辿っております。
ここ数回、『坊の下堀』の源流部、正式には『芝川都市下水路』に注ぐ支流を辿っています。今回は、上流部左岸に注ぐ支流を紹介致します。上尾市大字上を流れる支流なので『上(かみ)支流(仮)』としました。周辺の流れを集めて支流が起こる様子が見てとれます。

まずは下のMAPをご覧下さい。

上支流(仮)源流部

確認できただけでも6箇所の起点があります。とりあえず順に見ていきましょう。

最初の場所は住宅地の道路脇です。道路から若干セットバックして住宅が建っています。側溝っぽいですが、一応細い蓋暗渠もあります。

P417041.jpg

その先には、暗渠にありがちなゴミ置き場。細い側溝のような蓋暗渠はこの前で終っています。

P417040.jpg

そしてそこからもっと幅の広い蓋暗渠が始まります。

P417039.jpg

ゴミ置き場から100m程度で2番目の起点から始まる流れと合流します。

IMG_20170417_134324.jpg

2番目の起点はこちらです。

P417037.jpg

未舗装の路地の中央に細い暗渠が続きます。
桶川駅に通じる道路(反対側は『綾瀬川』の管理起点がある)を越えたところには、途中で不自然に途切れる蓋暗渠が見えます。

P417042.jpg

西に30mも進まぬうちに水路敷が現れます。

P417036.jpg

左折し、南に進むと先述の合流箇所に至ります。

P417035.jpg

IMG_20170417_134501.jpg

3番目の起点は、桶川駅に至る道から始まります。ゴミ置き場の裏から暗渠が始まります。

P417028.jpg

P417027.jpg

南に進んだ流れは右折して西に進み、すぐに右折してこの後紹介する4番目の流れと合流します。

P417030.jpg

4番目の流れの起点は倉庫のそばです。砂利敷きの位置を通過していると思います。桶川駅前に通じる道をすぐに越えます。

IMG_20170417_132856.jpg

IMG_20170417_132908.jpg

すぐに左折して、3番目の流れと合流し、畑の中をクランク状に進みます。

P417031.jpg

1・2番目の流れと合流します。

P417032.jpg

P417033.jpg

4つの起点から集まった流れは、畑と住宅の境界を進み、5番目の流れと合流します。

IMG_20170417_133913.jpg

IMG_20170417_134016.jpg

5番目の流れは、駐車場と藪に挟まれたゴミ置き場が起点です。

P417013.jpg

P417014.jpg

ゴミ置き場の後ろから開渠が始まります。水はあるのですが、澱んでいて流れてはいません。

P417016.jpg

この先は明らかに私有地と思われ、しかも植物の繁茂が激しく流れを確認することが難しくなります。

P417015.jpg

下流側に回り込んで、私有地を勝手に撮影させていただきました。

P417017.jpg

真っ赤な花が咲く樹木を巻くように流れはクランク状に進んでいきます。ちょうど流れのところにネットや衝立があるので流路が想定できるかと思います。
クランクに曲がった流れは、斜めに公道に進んできます。

P417018.jpg

公道を渡り、反対側に移行します。緑のフェンスが切れたところから、青いトタンの波板でできた物置?側に移っています。道の反対側に移ったところで開渠から暗渠になります。

P417020.jpg

桶川駅前に通じる道路を越えると再び開渠に戻ります。水がないことがちょっと残念です。

P417022.jpg

P417023.jpg

畑の縁を開渠は進み、やがて公道にぶつかります。公道に至ったところで左に折れ、蓋暗渠に変わります。

P417024.jpg

P417026.jpg

1~4の起点から始まる流れと合流し、右に折れて6番目の起点から始まる流れに向かいます。

IMG_20170417_133859.jpg

IMG_20170417_134016.jpg

IMG_20170417_133921.jpg

最後の6番目の起点のみ、今までの流れと向きが異なり、南側から北上して行きます。
始まりはこの一段低い方の暗渠からです。

IMG_20170417_135923.jpg

IMG_20170417_135716.jpg

北に向かうとすぐに左折して西に進みます。

IMG_20170417_135818.jpg

今度は右折して、再び北に向きを戻します。

IMG_20170417_135601.jpg

およそ300m程度直線的に進むと、1~5の起点から始まった流れと合流し左折します。

IMG_20170417_135249.jpg

IMG_20170417_135111.jpg

IMG_20170417_140654.jpg

すべての起点からの流れを集めて、流れは西に進みます。

IMG_20170417_140701.jpg

IMG_20170417_140817.jpg

IMG_20170417_140832.jpg

IMG_20170417_141331.jpg

さらに下流へ進むと、流れを横切る道路もないのに橋だけがぽつんと存在している箇所に出くわします。かつては道路があったのでしょうか。まあ、あったのでしょうね、と自問自答してしまう状況でした。

IMG_20170417_141737.jpg

IMG_20170417_141749.jpg

『坊の下堀』左岸に合流します。

IMG_20170417_141944.jpg

IMG_20170417_142120.jpg

暗渠といえども、元々は水の流れる川であり、その川を渡るための橋が架かっていても何ら不思議ではありませんが、大前提は、開渠でも暗渠でも水の流れを越えて先に進むために橋が架かっているはずです。正直なところ、前にも後ろにも進む道がない状況の橋(だったもの)を見たのはこれが初めてです。
開渠を蓋暗渠にする際に、「蓋が省略できて良かったですね」という以外の役に立っているのかどうか、ちょっと疑問を感じますが、こんなこともあるんだな、と感心させられる物件です。これを“トマソン”と呼んで差し支えないものなのでしょうか? 
たぶん、差し支えないと思うのですが....。

 ※芝川源流部地図・・・クリックしてご覧下さい。

注)拙ブログにて紹介しております流路地図は、拙ブログに記載している内容をご理解いただくための補助資料として用意しております。第三者に提供したり、共有したりすることを想定して制作しておりません。私的な探究心の備忘録としてご覧願えれば幸いです。

本文中にてご紹介する人物(キャラ等も含む)は、原則として、敬称を略すことで統一しております。しかし、ちゃらんぽらんな性格故、この原則は必然的になし崩しとなる可能性が高いものとご認識下さい。

Posted on 2017/05/31 Wed. 00:00 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

2017-06